学会誌「自然災害科学」

自然災害科学45 Vol.17,No.1, 1998, p1f

【巻頭言】[Preface]

防災対策における市村長の役割

(財)静岡県防災情報研究所
井野 盛夫

我が国では災害が発生した場合,災害の沈静化を図りさらに2次災害防止のための応急対策や,被災した住民の生活支援まで市町村長の責任において行うことになっている。これは昭和34年9月に日本中部を襲い,死者行方不明者5千人余,物的被害7千億円をもたらした伊勢湾台風の際に,防災上の配慮を欠いたことや水防体制が整備されていなかったこと,警報の伝達指示など適切ではなかったなど従来の防災行政に批判的な声が高まったため制定されたものであった。このような状況を踏まえ各省庁の調整と国会での審議をへて,昭和36年l0月に災害対策基本法(災対法)が成立した。特に防災行政責任の明確化については法律の冒頭で強調しており,それぞれ国,都道府県,市町村,指定公共機関および指定地方公共機関,住民それぞれの責務が規定されている。また,災害予防対策,災害応急対策及び災害復旧についても国と地方公共団体等の権限と責任を明らかにし,特に,防災行政が住民に密接した行政であることから,災害応急対策における市町村長の権限の強化,災害発生の恐れのある物件等の除去の指示,避難の勧告または指示,警戒区域の設定,自衛隊の災害派遣の要請など人命にかかわる事項が市町村長に任された。

災害対策において市町村長にかかる責任が大きいことを紹介したが,市町村長は,地域住民の生命,身体及び財産を災害から保護するため,防災に関する計画を作成し,法令に基づき訓練を実施する責務を有すること等,災対法第5条に定めていることが根拠となっている。さらに災害が発生した際には災害対策本部長となる市町村長は,要員を市町村職員の中から任命し,本部を地域防災計画の定めるところにより構成することも定められている。災害発生時の異常な緊急事態のなかで迅速・的確な対応を行うことは大変困難であり,職員や住民が緊急時に的確な行動がとれるように,平常時からあらゆる状況を想定した訓練を繰り返し実施し,緊迫した中での行動を体で覚えておくことが必要であり,訓練を実施することの重要性が一層認識されてくる。

市町村の危機管理体制として本部開設から要員の確保,情報収集と伝達,被災状況の把握,消火活動,救急活動,ライフライン対策など広範囲にわたる訓練を行って非常時に備えなければならないことは言うまでも無い。訓練の実施による効果としては,まず,緊急時の対応行動を訓練によって体得することにより,実際の防災応急対策および災害応急対策の迅速かつ的確な実施を可能にする。咄嵯の状況下での適切な行動は,繰り返し行う訓練によって求められ,防災関係機関を含めて連帯意識と連携体制の確立をも図ることが出来る。その結果,一般住民,事業所,防災関係機関等が各自の対応と相互の役割を理解し,連帯意識と連携体制を確立することが可能となる。また,平常時には独立した機関は,他機関との連携した訓練の機会は少なく,災害発生時になって改めて協調した行動は取りにくい。総合防災訓練の実施は複数の機関相互や住民との連帯意識を養い,連携体制を整えることができるなど大きな効果が期待できる。

また,訓練を通して防災計画やマニュアルをチェックし,新たな問題点や課題の発見に努めることにより,計画の修正や精緻化をはかることが出来る。机上で作られた計画は,現場において想定した行動や連携が取れるかは不明である。訓練を実施して非現実的な対応や,更に機能的な方法などが抽出できれば,直ちに計画やマニュアルを変更することを心掛けたい。更に,一般住民等に対して警報発令時や発災時にとるべき対応行動を理解させ,併わせて防災意識の高揚を図ることが可能である。あまり接したことのない地震防災信号や津波警報,洪水警報など,情報の意味や危険度について周知徹底を図り,更に指定された避難地,避難所への経路や避難生活の規則などを学ぶ機会とする。

首長の責務と権限,住民の防災意識の向上,防災施設の整備など,市町村長に与えられた防災業務は多岐にわたり多い。災害が発生してから対応する業務内容と量に対して,予防対策を十分に対応した後の被災状況とは,明らかに住民の安全はより高く求められるはずである。阪神・淡路大震災後の自治体の防災対策の内容は,被災後の応急対策に偏り過ぎている。災害対応は予防対策から始まることを知ってほしい。