学会誌「自然災害科学」

自然災害科学49 Vol.18,No.1, 1999, p1f

【巻頭言】[Preface]

気象災害の動向の探求

京都大学名誉教授/日本気象協会関西本部相談役
山元 龍三郎

現代社会では「災害は忘れた頃に来る」と言ってはおれない。過去のデータから算定した集中豪雨や台風襲来の再現期間が,河川堤防や防潮堤の建設の基本資料として必須であるからである。本来必要なのは将来の激しさであるが,その推定は容易ではない。

今年に最終年を迎える「国際防災の10年」の最大の動機は,大規模自然災害の著しい増加傾向であった。自然災害被害額の急増の原因は,社会の脆弱性が高まったためだとする見解が,一般的である。しかし,災害を引き起こす自然現象そのものの激化が,全く寄与していないと断言できない。というのは,災害の原因となる自然現象の長期的動向が,まだ十分に解明されていないからである。

英国England南部のSussex地方では,過去50年間(1931年~1980年)のデータから算定された再現期間1000年の日降水量は,高々85ミリであった。ところが,この地方で再現期間1000年の値以上の降雨(日降水量が90~133ミリ)が,1980年9月以降の7ヶ月間に3回も発生した(Sussex Paradox)。同様な事例が近畿地方でも近年発現した。大阪府とその周辺での再現期間10000年の時間降水量は,過去のデータから約90ミリだと算定されていた。1994年9月7日に豊中市で時間降水量が91ミリの豪雨が発生し,そして,約3年後の1997年8月7日に,豊中市から僅か10キロメートル程度しか離れていない箕面市で時間降水量99ミリの豪雨が起こって,Sussex Paradoxの日本版となった。

稀な現家に関して,このようなParadoxが起こっても不思議ではない。利川可能な降水観測データは,ふつう100年程度の時系列であり,その中で集中豪雨の発現は数回程度である。Monte Carlo Simulationによると,1か所での100年間のデータから算定する際,再現期間100年の降水量と20年の値とを識別できない程度の曖昧さが免れない。

集中豪雨のように稀な極端現象を実際に統計処理する場合,多くの困難に遭遇する。上述のSussex Paradoxの他に,正規分布を適用できないために,それを前提として導かれた種々の統計手法が利用できない不自由さがある。また,観測データに介在するかも知れない間違いデータを見出すのが困難である。さらに,観測方法や観測測器が往々にして変更されているので,これらに伴う人為的変化に注意する必要がある。

これらの困難性を回避しながら,日本における集中豪雨の過去100年間の変化傾向を検出することを,数年前に筆者は岩嶋教授(現在,京大防災研究所)と共に試みた。日本の気象台等での過去100年間の日降水量の最大値を調べて,35か所のそれぞれでの100年間の最大値の発現年に注目した。これは次の作業仮説に基づく統計処理のためである。『集中豪雨の激しさが,年代と共に増加(衰弱)している場合には,100年最大値の発現年の頻度は年代と共に増加(減少)する。逆も真である』。この作業仮説の正当性は,観測網内の各観測点での100年最大値の発現が,相互に無関係であることを前提として,Monte Carlo Simulationにより確かめた。

日本における日降水量の100年最大値の発現年の頻度は,1935年頃を境にして階段的に増加1935年以後では,より短い再現期間(10年~40年)に対応することを意味している。

集中豪雨の激化は,地球温暖化に起因したものではないかと推測する向きもある。これを支持する根拠は,地球温暖化に関する数値シミュレーションの結果である。地球温暖化の程度は上空に比べると下層で顕著であるから,対流活動が一層促進される。その結果,発達した対流雲に降雨現象が集中し,集中豪雨が激化する可能性がある。温暖化説を支持するもう一つの根拠は,日本での温暖化である。局地的ヒートアイランドの影響の少ない田園地帯のデータから求めた平均気温は,1896年~1935年の間の12.6℃に対して1936年~1995年の13.1℃となっている。

21世紀に向かって自然災害の軽減・防止のために,極端現象の動向の探究が望まれる。